ドラマを1.5倍速で観ていると言うと、上の世代から驚かれたり、ときには作品への冒涜だと眉をひそめられたりします。倍速視聴はここ数年、若者批判の定番ネタであり続けてきました。ただ、研究所で学生研究員たちと話していると、この視聴行動は怠慢の一言では説明できない、はっきりした合理性の上に成り立っていることが分かります。批判される側に近い場所から、その内実を書いてみます。
倍速視聴はいつから若者の問題になったのか
2022年に稲田豊史さんの著書『映画を早送りで観る人たち』が話題になり、倍速視聴は一気に世代論の主戦場になりました。さかのぼれば、Netflixが再生速度を変えられる機能を導入しようとした際、ハリウッドの映画監督たちから強い抗議の声が上がっています。作品は作り手が意図したテンポで観るべきだという立場と、観方は観る側の自由だという立場の衝突は、若者論が始まる前から存在していたのです。
見落とされがちなのは、倍速視聴がZ世代だけの特殊な行動ではないという点です。機能として標準搭載されている以上、使っているのは全世代です。ただ、若い世代はそれを隠さず、当たり前の作法として口にします。だから目立ち、だから批判の的になるのです。
怠慢ではなく適応|コンテンツが多すぎる時代を生き抜く技術
サブスクをひとつ契約すれば、一生かけても観きれない量の映画とドラマにアクセスできます。そこにYouTubeの動画、アニメの新作、ゲーム実況、友人のストーリーズまで加わり、可処分時間を奪い合うコンテンツは増える一方です。供給が爆発的に増えたのに、1日は24時間のまま変わらない。この非対称への適応行動が倍速視聴です。
- 観たい作品も観るべき作品も増え続けるのに、時間は増えない
- 会話やSNSで押さえておくべき話題作が次々に発生する
- 途中でやめる決断より、倍速で完走するほうが心理的な負担が軽い
倍速視聴は集中力の低下ではなく、あふれる情報の在庫管理に近い行動です。タイパ消費という大きな潮流のひとつの現れでもあります。若者は時間を削っているのではなく、限られた時間を配分し直しているのです。
会話についていくための履修という感覚
研究員と話していて興味深いのは、観るという言葉と履修するという言葉が使い分けられていることです。話題のドラマを履修する、という言い方には、教養として押さえておくというニュアンスがにじんでいます。
翌日の教室での会話やタイムラインの盛り上がりに置いていかれないよう、内容を把握しておく。これは作品鑑賞というより、コミュニケーションの準備に近い行為です。準備であれば効率化を図るのはむしろ自然で、講義の録画を倍速で復習する感覚と地続きだと言えます。
研究所でよく出る言い方を借りれば、倍速で観ることが作品に失礼なのではなく、観ないまま会話から降りてしまうことのほうが仲間に失礼だ、という感覚なのです。
推しは等速|倍速で観るものと観ないものの使い分け
倍速批判へのいちばんの反論はここにあります。Z世代はすべてを倍速で観ているわけではありません。むしろ愛のあるコンテンツほど、たっぷり時間をかけて味わっています。
| 視聴スタイル | 対象になりやすいもの | 目的 |
|---|---|---|
| 倍速やスキップ | 話題のドラマ、情報系の動画、会話のための履修作品 | 内容の把握と話題への参加 |
| 等速でじっくり | 推しの出演作、好きな監督や原作、考察したい作品 | 没入と感情の共有 |
| 繰り返し再生 | 推しの名場面、ライブ映像、何度も観たい癒やしの動画 | 愛でること、心の回復 |
推しのライブ映像になると等速どころか、同じ場面を何度も巻き戻し、コマ送りで表情を確認する研究員もいます。倍速は愛の欠如ではなく、限りある時間の中で愛の濃淡を配分する技術だと捉えたほうが実態に近いのです。
新しい観方への批判は繰り返されてきた
テレビが普及したときは映画が死ぬと言われ、レンタルビデオも、録画によるCMスキップも、登場のたびにその時代の正しい観方を壊すものとして批判されてきました。新しい視聴技術をいちばん早く使いこなすのはいつも若い世代で、だから批判もまず若者に向かいます。倍速視聴論争はその最新版にすぎません。
生まれたときからデジタル環境を空気のように使いこなすAIネイティブの世代にとって、再生速度は音量と同じ、調整できるパラメータのひとつです。そこに背徳感を求めること自体が、世代間の前提のずれなのだと思います。
制作側への示唆|倍速前提の時代に何が観られるのか
倍速視聴を嘆くより、この視聴環境を前提に設計するほうが建設的です。研究所の議論から見えてきたポイントを挙げます。
- 冒頭の数分で世界観と観る理由を提示する。履修候補に入るかどうかは序盤で決まります
- 思わず速度を戻したくなる場面を作る。倍速で流していた視聴者が等速に切り替える瞬間こそ、作品が刺さった証拠です
- 観たあとに語りたくなる余白や考察の種を仕込む。会話の題材になる作品は履修対象に選ばれやすくなります
倍速視聴は入口であって終点ではありません。履修から没入へ、没入から推しへと深まっていく導線をどう作るかが、Z世代に届くコンテンツと素通りされるコンテンツを分けていきます。
若者研究所では、現役の学生研究員へのグループインタビューや定点調査を通じて、若者の視聴行動や消費行動の背景にある心理を読み解き、企業のマーケティングと商品開発を支援しています。若者リサーチのご依頼やお問い合わせはお気軽にどうぞ。
よくある質問
倍速視聴をするのはZ世代だけですか?
再生速度の変更機能は全世代に使われています。ただ若い世代は倍速視聴を当たり前の作法として公言するため目立ちやすく、批判の対象になりがちです。世代特有の怠慢ではなく、コンテンツ過剰時代への適応行動と捉えるのが実態に近いです。
Z世代はすべての動画を倍速で観ているのですか?
使い分けています。話題作の把握や情報収集は倍速で済ませる一方、推しの出演作や好きな作品は等速でじっくり観たり、同じ場面を繰り返し再生したりします。倍速は限られた時間の中で愛情の濃淡を配分する技術といえます。
倍速視聴が前提の時代に、制作側は何を意識すべきですか?
冒頭の数分で観る理由を提示すること、思わず等速に戻したくなる場面を作ること、観たあとに語りたくなる余白を仕込むことです。倍速で流し見する視聴者を没入へ導く導線づくりが重要になります。


