再生ボタンを押して3秒、親指が画面を横に払います。電車で隣に座った学生研究員のスマホをのぞくと、曲は次々に切り替わり、イントロが最後まで流れることはほとんどありません。ところが同じ研究員が、週末には数千円のアナログレコードを大事そうに抱えて帰ってくるのです。Z世代の音楽の聴き方は、一見すると矛盾に満ちています。
イントロは3秒で見切られる|曲の設計図を変えたスキップ文化
サブスクの画面では、気に入らない曲を数秒で次へ飛ばせます。ラジオやCDの時代のように、流れてくる曲をじっと待つ必要はありません。
この聴き方は、曲の作り方そのものを変えました。オハイオ州立大学の研究者がビルボードの上位曲を分析した研究では、1980年代に平均20秒ほどあったイントロが、2010年代半ばには5秒前後まで縮んだと報告されています。最近のヒット曲がいきなりサビや歌い出しで始まるのは偶然ではありません。最初の数秒で心をつかめなければ飛ばされるという前提に、作り手の側が適応した結果です。
15秒の切り抜きから流行る|TikTokがチャートを動かす
ヒットの生まれ方も変わりました。象徴が2019年のLil Nas X「Old Town Road」です。TikTokでダンス動画の音源として爆発的に使われ、ビルボードのチャートで19週連続1位という史上最長記録を打ち立てました。日本でも2020年、当時ほぼ無名だった瑛人さんの「香水」がTikTokの投稿から火がつき、年末の紅白歌合戦まで駆け上がっています。
順番が逆転したことがポイントです。かつては曲を聴いてから口ずさんだのに対し、いまは15秒の切り抜きが先にダンスやミームの素材として流通し、気に入った人があとからフル尺を聴きに行きます。最近ではアーティスト側が、再生速度を上げた公式のSped Up音源を出す例も増えました。TikTokの使われ方を知らないままでは、いまのヒットチャートは読み解けません。
アルバムからプレイリストへ|気分で束ねる聴き方
聴く単位も変わりました。アーティストが曲順まで設計したアルバムを通しで聴く体験は薄れ、Spotifyなどのプレイリストが主役です。研究員のライブラリに並ぶのは、勉強がはかどる曲だけを集めたリスト、夜のドライブのためのリスト、寝る前に小さな音量で流すリストといった、気分と場面で束ねられたものたちです。
そこではアーティスト名を知らないまま、好きな曲だけが増えていきます。シャッフル再生も当たり前で、曲どうしの文脈は聴き手の側で編み直されていく。サブスクという定額の海があって、はじめて成立する聴き方です。
世代で変わる音楽との接点
| 項目 | 親世代のCD全盛期 | Z世代 |
|---|---|---|
| 曲との出会い | テレビの音楽番組、ラジオ、レンタル店 | TikTokの切り抜き、プレイリスト、SNSのおすすめ |
| 聴く単位 | アルバムやシングルCD | 15秒の断片と気分別のプレイリスト |
| 所有のかたち | CD棚に並べて持つ | 音源は持たず、推しのアナログ盤やグッズを選んで持つ |
| お金の使い先 | CDの購入 | ライブ、フェス、レコード、推しへの課金 |
並べて見えてくるのは、お金と愛着が音源そのものから離れ、体験とモノへ移動していることです。音楽を聴かなくなったのではなく、払い先が変わったのです。
CDは買わないのにレコードは買う|所有しない熱狂の正体
米国レコード協会の統計では、2022年にアナログレコードの販売枚数が1987年以来はじめてCDを上回りました。日本でも若い世代がレコード売り場に戻り、プレーヤーを持たないままジャケット目当てで買う姿は珍しくありません。ぴあ総研の調査でも、ライブやフェスを含むライブ・エンタテインメント市場はコロナ禍を抜けて過去最高の規模に達しています。音源のデータには1円も払わない層が、体験と手ざわりのあるモノには進んで払うのです。
Z世代は音楽にお金を払わなくなったのではありません。いつでも聴ける音源の価値がゼロに近づいた分、熱量はいまここでしか得られない体験と、手で触れられるモノに集中投下される。研究所ではこれを、所有しない熱狂と呼んでいます。
重くてかさばるレコードは、合理性の対極にあるからこそ愛の証明になります。誰もが同じ音源を聴ける時代に、あえて不便なモノを選んで愛着を形にする。この心の動きはエモ消費と地続きです。
再生回数だけでは熱狂を測れない|音楽リサーチへの示唆
再生回数は、切り抜きでバズった曲も、じっくり愛される曲も、同じ1回として数えます。しかしその裏側では、会話についていくための履修のような再生と、レコードを買いライブに通うほどの熱狂が、はっきり分かれています。デジタルネイティブの消費を読むには、数字の奥にある温度差をすくい上げる定性調査が欠かせません。
若者研究所では、現役の学生研究員へのグループインタビューや定点調査を通じて、音楽をはじめとするエンタメ消費の裏側にある心理を読み解き、企業のマーケティングと商品開発を支援しています。若者リサーチのご依頼やお問い合わせはお気軽にどうぞ。
よくある質問
Z世代はなぜ曲のイントロを飛ばすのですか?
サブスクで聴ける曲が膨大になり、最初の数秒で聴き続けるかどうかを判断する習慣が根づいたためです。作り手の側もイントロを短くし、サビや歌い出しから始まる曲を増やして対応しています。
TikTokから音楽のヒットが生まれるのはなぜですか?
15秒ほどの切り抜きがダンスやミームの素材として拡散し、気に入った人があとからフル尺を聴きに行く流れができているためです。Lil Nas XのOld Town Roadや、瑛人さんの香水が代表例です。
CDを買わないZ世代がレコードを買うのはなぜですか?
音源はサブスクでいつでも聴ける一方、レコードには大きなジャケットや手ざわりなど、データにはない魅力があるためです。好きなアーティストへの愛着を形にする推し活のひとつとして選ばれています。


