インスタのアカウントをいくつ持っていますか。
研究所の学生研究員に聞くと、1つだけという答えはまず返ってきません。本垢、裏垢、趣味垢、鍵垢。目的ごとにアカウントを使い分けるのが、Z世代にとってSNSの標準装備です。
そしてこの文化を知らないと、企業が若者を見ようとしても、見えるのは表向きの顔だけになります。
本垢・裏垢・趣味垢・鍵垢|使い分けの基本構造
呼び方には個人差がありますが、役割はおおむね4つに整理できます。
| 種類 | 見せる相手 | 置くもの |
|---|---|---|
| 本垢 | クラスやバイト先まで含む広いつながり | 無難に整えた投稿。名刺代わりの顔 |
| 裏垢 | 心を許した数人だけ | 愚痴や弱音を含む、加工前の本音 |
| 趣味垢 | 同じ趣味でつながる知らない人たち | 推し活や創作など熱量の高い発信 |
| 鍵垢 | 承認した相手のみ | 身内向けの日常。半クローズドな居場所 |
1人がこの全部を持っているとは限りません。裏垢と鍵垢を兼ねる人もいれば、趣味垢を推しのジャンルごとに増やす人もいます。
ポイントは、アカウントが人格の分身ではなく、相手と目的で切り替える部屋のように扱われていることです。
なぜ1つでは足りないのか|見せる自分を関係ごとに分ける
上の世代にとって、SNSアカウントは1人1つの名刺に近いものでした。Z世代にとっては違います。彼らが物心ついたとき、SNSにはすでに親も先生も同級生もいました。全員に同じ自分を見せることのほうが、むしろ不自然だったのです。
考えてみれば、私たちも現実では相手ごとに顔を使い分けています。先生の前、親の前、親友の前で話し方は変わります。
Z世代はそれをアカウント単位で設計しているだけです。見せる自分をあらかじめ分割しておけば、投稿のたびに誰に見られるかを心配せずにすみます。
研究員と話していると、複数アカは自分を偽る技術ではなく、関係ごとの顔を丁寧に管理する技術なのだと感じます。分けているからこそ、それぞれの場所で正直でいられるのです。
裏アカは悪口の場ではない|評価から降りられる安全地帯
裏垢という言葉には、誹謗中傷の温床というイメージがつきまといます。実態はかなり違います。研究所で聞こえてくる裏垢の中身は、進路の不安、うまくいかない人間関係、誰にも言えない弱音。攻撃のためではなく、自分を守るための場所です。
本垢はフォロワーの目といいねの数に常にさらされています。裏垢はその評価のゲームから降りられる数少ない場所です。
読んでいるのは心を許した数人だけ。だからこそ、加工も演出もない感情をそのまま置いておけます。悪口の掲示板というより、鍵のかかる日記帳に近い存在です。
複数アカ文化の背景|失敗が残り続ける時代の自己防衛
この文化が広がった背景には、デジタルタトゥーへの強い警戒があります。投稿は消えない、進学や就職で見られるかもしれないと、学校の情報リテラシー教育で教わってきた世代です。
顔の見える本垢で迂闊なことは書けない。それでも吐き出したい感情はある。その矛盾を解くために、公開範囲を絞ったアカウントが増えていきました。
つまり複数アカは、SNSに溺れた結果ではなく、SNSと長く付き合うための知恵です。Z世代のSNSの使い方を全体として眺めても、彼らは無防備に発信しているのではなく、リスクを織り込んで公開範囲を細かく設計しています。
企業から若者の本音が見えない理由|観察できるのは本垢だけ
ここにマーケティングとリサーチの落とし穴があります。企業がSNS分析で観察できるのは、基本的に公開されている本垢と趣味垢の投稿だけです。
ところが本垢は、本人がいちばん外向きに整えた顔です。本音の不満や、購買の本当の決め手は、裏垢や鍵垢、あるいはDMのなかで語られています。
公開投稿のデータをどれだけ集めても、見えているのは氷山の水面から上だけです。若者がわからないと感じている企業の多くは、若者が隠しているのではなく、見えない場所で本音を語っていることに気づいていません。
本音に届く若者理解のために|裏アカ文化を前提にする
見えない部分に届くには、データの外に出るしかありません。信頼関係のあるインタビューやワークショップの場では、若者は裏垢に書くような本音を言葉にしてくれます。若者リサーチの方法を設計するときは、この複数アカ文化を前提に、いまどの顔の話を聞いているのかを意識することが出発点になります。
若者研究所では、現役の学生研究員へのグループインタビューや定点調査を通じて、表のSNSからは見えない若者の本音を企業のマーケティングと商品開発につないでいます。若者リサーチのご依頼やお問い合わせはお気軽にどうぞ。
よくある質問
裏アカとはどういう意味ですか?
本アカウントとは別に作る、ごく親しい相手だけに公開するサブアカウントのことです。愚痴や弱音など、広いつながりには見せにくい本音を置く場所として使われることが多く、悪口専用の場というわけではありません。
Z世代はなぜ複数のアカウントを使い分けるのですか?
相手との関係ごとに見せる自分を切り替えるためです。学校や職場のつながりには整えた投稿を、親しい友人には素の感情を、趣味の仲間には熱量の高い発信をと、公開範囲を分けることで安心して発信できるようにしています。
企業がSNS分析だけで若者を理解しにくいのはなぜですか?
公開投稿として観察できるのは外向きに整えられた本アカウントが中心で、本音は裏アカや鍵アカ、DMなど見えない場所で語られやすいためです。インタビューのように信頼関係を築ける調査手法を組み合わせると本音に近づけます。


