会議室のホワイトボードに、1枚のシートが貼られています。都内私大2年、21歳、めい。TikTokで情報収集、コスパよりタイパ重視。参加者全員がうなずいて企画は進みますが、このめいさんに実際に会った人は、その部屋に一人もいません。Z世代向けのペルソナが機能しない原因は、ほとんどの場合ここにあります。
ペルソナの出自|アラン・クーパーは実在の一人から作った
ペルソナはマーケティング業界の思いつきではなく、ソフトウェア設計者のアラン・クーパーが生み出した設計手法です。Visual Basicの父と呼ばれるクーパーは、1980年代前半にプロジェクト管理ソフトを開発する過程で、取材した実在のユーザーをもとにキャシーという人物像を作り、彼女ならどう使うかを基準に仕様を削っていきました。手法として世に広まったのは、1999年の著書『コンピュータは、むずかしすぎて使えない!』からです。
見落とされがちなのは、最初のペルソナが実在の一人への取材から生まれたという事実です。データの平均から合成した架空の人物ではなく、生身の一人を蒸留した人物像。ここを外すと、ペルソナはただの設定資料になります。
Z世代ペルソナの難所|アカウントごとに人格が分かれる
Z世代のペルソナ作りには、上の世代を相手にするときにはなかった難所が二つあります。
一つは人格の複線化です。本アカでは当たり障りのない投稿しかせず、鍵付きの裏アカで本音を吐き出し、趣味垢では別人のような熱量で語る。SNSの裏アカ文化が示すとおり、一人の若者の中に複数の顔が同居しています。どの顔に向けて売るのかを決めずに作ったペルソナは、焦点を結びません。
もう一つは分化の速さです。研究所で学生研究員と接していても、同じ大学の同じ学年で、使うアプリも金銭感覚もまるで違うことは珍しくありません。Z世代という大きなくくりのまま1枚のペルソナに押し込む発想が、まず通用しないのです。
机上ペルソナの典型的な失敗|会議室で作った人は動かない
ペルソナが形骸化する現場には、共通の作られ方があります。
- 平均値の合成。調査データの平均で組み上げた人物は、実在する誰とも一致しない
- 願望の投影。自社商品を好きな設定にしてしまい、都合の悪い行動が消える
- 属性の羅列。年齢や利用アプリの欄は埋まっているのに、何を欲しているかが書かれていない
- 更新の放棄。一度作ったきり数年使い回し、中身だけが先に卒業してしまう
とくに願望の投影は根深く、Z世代向け施策が空振りする失敗の型の多くはここから生まれます。
ペルソナの失敗は、書き方の失敗ではなく、会っていないことの失敗。紙の上の作文をいくら磨いても、実在感は一行も増えません。研究所ではそう考えています。
Z世代ペルソナの作り方|n=1インタビューから六つの段階で
研究所が勧めるのは、n=1、つまり一人の生活者への深い取材から出発する作り方です。手順を段階表にまとめます。
| 段階 | やること | アウトプット |
|---|---|---|
| 1. 輪郭を決める | 誰のどんな行動を知りたいのか、対象者の条件を絞る | リクルート条件 |
| 2. 深く聞く | 1人60分から90分のインタビューを3人から6人に行う | 発言録 |
| 3. 事実と欲求を分ける | 発言から行動の事実と、その奥にある欲求を抜き出す | 付箋の束 |
| 4. 一人に束ねる | 行動パターンの近い対象者を重ね、軸になる一人を決める | 骨格メモ |
| 5. 人物にする | 名前、口癖、アカウントごとの顔、1日の動きを書き込む | ペルソナシート |
| 6. 検証して更新する | 当事者の若者に見せて違和感を聞き、半年をめどに見直す | 改訂版シート |
要になるのは段階2と4です。デプスインタビューで一人の生活を丸ごと聞くと、平均値からは決して出てこない矛盾や固有の事情が手に入ります。束ねる段階では、複数人の要素をつまみ食いして混ぜるのではなく、最も象徴的な一人を軸に据え、他の対象者の発言で肉付けするのがこつです。
実在感の正体|属性ではなく矛盾を書く
できあがったシートに実在感があるかどうかは、矛盾が書かれているかで判定できます。実在の人間は一貫していません。ふだんの昼食は学食の安いセットで済ませるのに、推しのライブ遠征には数万円を惜しまない。サステナビリティに共感しながら、実際に買うのは早くて安い服。こうしたねじれこそ、施策の判断で効く情報です。
アカウントごとの顔も1枚に併記します。本アカでの振る舞い、裏アカでこぼす本音、検索するときに打ち込む言葉。どの顔に向けた企画なのかをシートの上で指させるようになると、Z世代マーケティングの議論は一段具体的になります。
ペルソナは完成品ではなく、若者と会い続けるための口実です。作って終わりにせず、会うたびに書き換えてください。
若者研究所では、現役の学生研究員へのデプスインタビューやグループインタビューを通じて、実在の一人から立ち上げるペルソナ設計を支援しています。若者リサーチのご依頼やお問い合わせはお気軽にどうぞ。
よくある質問
Z世代のペルソナは何人分作ればよいですか?
1枚に絞る必要はありません。行動パターンがはっきり分かれる場合は2、3人分を作り、施策ごとにどのペルソナへ向けたものかを決めるのが実務的です。ただし最初から数を増やすより、軸になる一人を深く作るほうが機能します。
ペルソナ作りにアンケート調査は使えますか?
対象者の輪郭を絞る入口としては有効です。ただし平均値から人物像を合成すると実在しない人になりやすいため、人物の中身はデプスインタビューのような一人の生活者への深い取材から作ることをおすすめします。
作ったペルソナはどのくらいの周期で見直すべきですか?
Z世代は流行や使うアプリの移り変わりが速いため、半年をめどに見直すのが安全です。当事者の若者にシートを見せて違和感を聞くと、更新すべき箇所が具体的に分かります。


